五頭の霊地としての歴史

ここは古くから、人が自然を敬い、人の幸せを祈ってきた場所です。
ここ五頭の麓に、自然と共に息づいてきた古来の人たちのことを感じ、学びながら、この森をかつてのように鎮守の森として、大切にしていきたいと思っています。

五頭の霊地巡り

五頭山

旦飯野神社(阿賀野市宮下968)

山神様~出湯登山道入り口。赤安山登山道入り口

華報寺~出湯温泉

薬師堂~村杉温泉

優婆様(高徳寺)~羽黒

ご神木「いこいの森の主」~五頭山麓いこいの森

 

 

原始、人々は万物に霊を感じ、自身も自然の一部として生きていました。日本では特に、山や森を人智を越えた生命の源やご神体として畏れ敬ってきました。

  • 聖なるものに触れ、霊感を得たり心を癒されたり、元気の元を頂く場。
  • 自分の生命を感じ自分の使い方を変える偉大な学びの場。

五頭山は、弘法大師が「仏法神繁栄の地」と感じて開山しました。その麓は浄土とされ、出湯温泉は精進湯、いこいの森を流れる川は「賽の河原」と言われ、霊界と俗界の境の精進川、いこいの森を含む五頭の麓も樹木伐採禁止・殺生禁断の霊地だったと伝えられています。(「柳田國男全集」にもここの賽の河原がでてきます)

 

 (この地域で生きてきた人たちの話)

山は、人智を越えた生命の源として畏れ敬いつつ、人の生活圏には里山を生み出してきました。
ここ五頭の山々もご神体として崇められてきた歴史があり、今も多くの山神様が祀られています。山神様の祠らから先の森は、神を感じる聖なる場所です。山に入る時には山(自然)挨拶をしていました。
修験者は、そうした山で心身を清め、そこで体得した霊感や知識で人々の病を治し、暮らしに生かすということが日本各地で行われていました。五頭にも山伏の里がありました。薬草の知恵や鉄の技術などで麓の山の民と共に生きていたといいます。

「五頭山麓いこいの森(阿賀野市畑江)」の周辺地域は、そうした信仰と深く結びついた土地でした。(羽黒~出湯~大荒川周辺)。

道路工事でなくなりましたが多数の経典を小石に1字ずつ書写した一字一石経が多数ありました。「諸」「天」「得」などが書かれていましたが、「諸天」とは天上界や天上界の神仏のことを指しています。

山神の棲む五頭の森

この山は、長い年月ここで生きてきた多くのいのちが棲んでいる場所です。

お互いが自分の役割を理解し、協力しながらこの山に生きています。

目に見えるもの見えないもの。

植物・動物・虫たちも、それから自然霊・山の神・水の神。

 

玄関が無いから分かりにくいけれど、山に入る時にも気持ちや礼儀は必要です。

ここで人が元気になるというのは、自然が元気であることが大切です。

人は年数を数えるけれど、自然界はそうではありません。

寿命を数えることなく、山は地球で生き続けている。

ずっと先の未来まで、自然と人は一緒に生きていけるはず

だから、自然の声を気にかけてくれる人が増えていくことを願っています。

 

いのちあふれる世界

ここには一本の樹のの世界、そして、その下の土の中世界だけでも何億も何兆という生命が一緒に生きて森をつくっています。豊かな自然・元気な森の世界が広がっています。