山神の棲む森

この山は、長い年月ここで生きてきた多くのいのちが棲んでいる場所です。

お互いが自分の役割を理解し、協力しながらこの山に生きています。

目に見えるもの見えないもの。

植物・動物・虫たちも、それから自然霊・山の神・水の神。

 

玄関が無いから分かりにくいけれど、山に入る時にも気持ちや礼儀は必要です。

この山で、人が元気になるのであればうれしい。

ここで人が元気になるというのは、自然が元気であることが大切です。

人は年数を数えるけれど、自然界はそうではありません。

寿命を数えることなく、山は地球で生き続けている。

ずっと先の未来まで、自然と人は一緒に生きていけるはず

だから、自然の声を気にかけてくれる人が増えていくことを願っています。

いのちあふれる世界

一本の樹の世界、そして、その下の土の中だけでも何億も何兆という生命が一緒に生きて森をつくっています。豊かな自然・元気な森の世界が広がっています。

霊地としての歴史

 

原始、人々は万物に霊を感じ、自身も自然の一部として生きていました。日本では特に、山や森を人智を越えた生命の源やご神体として畏れ敬ってきました。

  • 聖なるものに触れ、霊感を得たり心を癒されたり、元気の元を頂く場。
  • 自分の生命を感じ自分の使い方を変える偉大な学びの場。

五頭にはもともと、そういう歴史があります。森を壊し、生き物の棲めない土地を次の世代に渡したくありません。

 

今も連峰の連なりに、多くの山神様が祀られてます。そこが里と山の境界で、山には入れる人は限られていました。

かつては、そうした山に入ることのできる修験者たちもいました。

また、五頭山は、弘法大師が「仏法神繁栄の地」と感じて開山しました。その麓は浄土とされ、出湯温泉は精進湯、いこいの森を流れる川は「賽の河原」と言われ、霊界と俗界の境の精進川、いこいの森も殺生禁断の霊地だったと伝えられています。